小さいこどもの時
地面を歩く蟻とか草花とかを
じーっと無心でよく眺めてたなぁと思い出す。
そういう時間、大きくなりつつあるこどもにも大人にも大切だなぁと思う。
聖典、ヨーガスートラに
「月にサンヤマする者は天文学の知識を得る」という一文がある。
サンヤマとはダーラナ、ディヤーナ、サマーディ…集中、瞑想、ひとつになることを指す…
こういう一文にときめき魅かれる✨
スワミジが
僧院に住む僧侶と違って一般の人は経済活動もするし頭の中が忙しい、とおっしゃっていた。
もちろん経済活動がいけないと言ってるのではない。(稼がなきゃ生活出来ないし、家計もやり繰りしなきゃいけないし💦)
でもそれだからこそ
月(など)に瞑想するヨギでなくとも
無心になると…こころ和み
なにかに気づいたり知ったり
ひらめいたりする。
昨日の空一面の鱗雲✨
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イケベナギサ (金曜日, 10 12月 2021 10:22)
ご無沙汰しております
色んなものに振り回された時とか
1日の終わりにベランダから月をボーッと眺めたくなるのは、そんなことだったんですね。深く納得でした。
ういのなおこ (金曜日, 10 12月 2021 18:47)
なぎささん
お久しぶりです�
はい。癒されますよね〜
時間が許す限りぼーっと眺めてくださいね〜✨��